手首を切ったところで、わたしの健康が戻るわけでもない。
楽しかった過去がかえってくるわけでもない。
それでもわたしは、手首を見つめて思う。
「本当に、お前は何をしているのだ」と。

離人が、夏にくらべるとずっとマシになった感じがする。お風呂に入れば確かに気持ち良いし、外出すれば、寒いとか暑いとか、冷たいとか暖かいとか『感じる』。ご飯を食べれば、もう砂を噛んでいるような感触はなく、お茶を苦いとか、煮物の味が薄いとか濃いとかさえ、感じられるようになった。
こければ痛いし、ぶつかっても痛い。離人の酷い頃は、体じゅうに痣を作っていた。痛そうだとか、どうしたのとか訊かれるたびに「あ、どうしたんだろう。こんなのいつ作ったんだろう」なんて、「日焼けしなきゃ残らないし、そのうち消えるよ」としか言えなかった。
だからといって、治ったというわけでもないが『かなりマシ』である。

自分の心や体に、現実からの浮遊感が消えるにしたがい、わたしは自分の体に目を向けるようになった。眠れないこと。午前4時に起きてしまうこと。ガン検診。そして、カリエス

もう、逃げられない。
逃げてどうにかなるものでも、ない。
向き合え、挑め、限界には遠い。