精神科から紹介してもらった、脳神経外科に出かける。
脳神経外科
てっきり医大の精神科かと思っていたわたしは、思わず身構えてしまった。脳神経外科脳神経外科脳神経外科……ものものしい熟語で構成された診療科である>それを言うなら心臓外科はどうなのだ

クリニックの前で足踏みしていても仕方がないので、怖いが入る。子供のわたしならぎゃあぎゃあ泣いて抵抗しただろうが、今、成長したわたしが一番恐ろしいのは、白衣でも注射針でもヘンテコな白い機械でもなく、病名かつかないことと、脳に病変があってもおかしくないこと。
問診票に記入して、椅子に座って待っていると落ち着かない。行儀がこの上なく悪いが、足をぶらぶらさせたり、床に押し付けてぐにぐにしたり、手を握り合わせては離したり、指先をくっつけては離したり、とにかく落ち着かない。不安からか、恐怖からか、それとも単に落ち着きがないだけなのか、それはわたしにはわからない。わたしのことなのに、わからないのだ。わたしは、自分のことを多くは知らない。恐ろしくて哀しくて、封じ込めてしまっていたからだ。

呼ばれて血圧をはかると、少し高いと言われてしまった。いつもはその血圧より10は低いのだが、緊張しているのだろうか? よくよく考えてみたら、わたしは激しい人見知りをするのだった。誰も知らない人ばかりの中でぽつねんと待っていると、不安が波のように押し寄せてくる。ナースが消えるのを見計らってカッターを左手首に押し当てたが、その時点で見つかって、未遂に終わった。リスカする患者さん、ということで、わたしはナースが詰めている部屋に入って待つことになった。
よくよく看護士に迷惑をかけるクランケである>入院しているとき、眠れなくて退屈でしょうがないので、真夜中に詰所で「医学書を読ませて」と頼んだことがある

スキャン中は頭を動かしてはいけないが、どうにも落ち着かないので、首がガチガチにこるまで動かなかった。何しろ、頭を固定してくれるはずのベルトがないのだ。ベルトで固定すると、ちょっとやそっとでは頭が動かないので、だらりとしていられるが、ベルトなしなんて…そんな…ますます緊張するじゃないの…

脳波は悪運の強いことに、わたしのたった5分前に予約が入ってしまい、奇しくも9日に予約を入れることになった。
「…長崎の日ですね…」と言うと、「ああ、そうですね…」という言葉を返された。わたしのような平和な世代に育った人間は、原爆のことをあまり知らないと思う。手記も読んだし、祈念館へも訪れた。だがしかし、わたしは『実際に被ばくした人々』に出会ったことは、ない。無邪気に新しい整った街並を歩いていて、すれ違ったこともあるだろう。お土産を選んで浮かれていたとき、売り子さんの血縁者に原爆の後遺症で悩む人が居たかもしれない。まだ残っていた路面電車は、あの日、犠牲になった人々でいっぱいだったかもしれない……
わたしは結局、何も知らないガキでしかない。


CTにはこれといった異常はなく、「良い脳をしてますね」なんて言われたが、こちらの言葉には、どう返せば良いのか、わたしは全く思いつけなかった……良い脳って、何? 取り敢えず「でもわたし、バカですけど」と言ってみたら、先生は黙ってしまった。そしてさらに、「紹介状を読んでみたい」と頼んで、困惑させてしまった。普通、読みたがる患者はいないのだそうだ…
あ、やっぱりわたしは普通ではないんだなー。
そう思って精神科へ行くと、クレッチマーで言えばクラスターAだという診断を受けた。変わり者の分裂気質で内向的なのだそうだが、やはり、わたしにはよくわからない…