これ本当? と言われてしまいそうなこともある。
体重が急激に落ちてしまい、しばらくどこかの株のように下落を続けたので、「栄養指導を受けてもらいたいのだけど…」と言われてしまった。わたしの通院している内科では、体重の増減が激しい人や虚弱体質、ダイエッター向けの栄養指導をおこなっている。確か去年は「痩せないといけない」はずだったのに、あれよあれよと今度は「食べないといけない」ことになってしまった。
食欲があることと空腹であることは違うということ、「お腹がすいた」という感覚をほとんど思い出せないということが、わたしをどんどん「食べない・食べられない人」に追いやる。思えば、あまり食べ物に興味をもたない子供だった。成長期ならいざ知らず、それを過ぎてからは食に対する関心が薄くなり、家庭科では成績のいい献立メニューを作ったこともあったが、会食恐怖も手伝い、大学に上がってからは食べる回数が極端に減った。
保健室でないとご飯を食べられなくて、健康診断の時期は何度も食事を抜いてしまったりしたし、部室で食べられるようになってからは食堂からお盆をかかえて部員たちで食べたが、「学校の方針で」文芸部というものがキャンパスから消滅したあとは、保健室しか安心できる場所はなくなった。基本的に食器などもちゃんと返却すれば良いので、授業をやっていない教室ならどこで食べても構わなかったが、知らない誰かがいると、飲み物さえ飲めないのが当時のわたしだった。
今では何がなんでも食べなくてはならないので、親しい人がいれば気にしないで食べられるし、独りでも外食は少しずつできるようになってきた。こんなんじゃ、まだ社会復帰なんて遠いんだろうな…

栄養指導の先生*1に、「一時はどうなるかと思ったけど、ホッとしたよ」…というコメントをいただいた。何しろ、先生が見たわたしは、去年はダイエットが必要で、今年に入ると途端に青白く細くなっていたため、かなり慌てたそうだ。腕に点滴やら注射やらの絆創膏をつけて「食べることができない」と、泣きたくても泣けない顔をしていたから。点滴で水分を補給してもらって、発作を起こすほど泣いたこともあったが、わたしがクリニックで泣いたのは、それっきりだ。
手術に向けて免疫力をつけるにはタンパク質を摂取してアミノ酸に分解してやるのが大切なこと、「ねとねとしている食べ物」を食べること、肉類が駄目だから大豆加工食品が良いということなどの指導もしていただいた。
待ち時間に《エマ》で泣いてしまい、鼻水が止まらなくなって「また風邪?」と主治医に心配をかけてしまった。まさか《エマ》で泣くとは思わなかったのだ…森薫氏と久美沙織氏の微妙かつ繊細な描写が、これほど効くとは……などとわたしが書いても、あまり意味はない。わたしは感受性がやたら強いため、ちょっとでも心に触れるものがあるとすぐに泣いてしまうし、その逆もあるし、応用もある。電車の中や他の科でもこれをやらかし、「…あの娘さん、病気がしんどいんだなぁ」と、同情のまなざしをいただいたことも、数え切れない。実際病気というものは、しんどいものだが。
帰宅すると、父が外食したいと言う。父よ。エイプリルフールならもっと気がきいたことが言えないのか? 冷蔵庫に食材が、しかもちょっと前に父が自分で購入したものがあるのだが、いったいこのズレは何なのだろうか。
結局押し切られて外食となったが、「麦とろ始めました」というポスターにノックアウトされた。このお店の近所に、ガーデニングにいかにも凝っていますよ、という家屋がある。今はさまざまな花が咲く季節なので、その横を通るのは、ひそかなわたしの楽しみだ。
ところが、その家は何を栽培していたのか、「あったかいおいしいものを食べたので」止まらなかったはずの鼻水が洪水と化し、コンビニでポケットティッシュを大量にカゴに放り込みながらも、鼻水をかまないとならなくなった。ついでに筆談用のメモとボールペンもカゴに入れると、何か勘違いさせてしまったようで、母娘連れの娘さん――小学生だろうか――が、出るときにドアを開けてくれた。彼女からしたら、わたしは「風邪をひいて具合が悪そうな顔色の悪い女の人」に見えたのかもしれない。何度か店内でうずくまったりしゃがんだりしてしまったが、それは筆談用のメモもポケットティッシュも下の棚にあったからなんだよぉぉぉ!!
でも、やっぱり心があったかくなった。声の大きさがわからないので伝わったかどうかは不明だが、わたしはその女の子に心の底から「ありがとう」と言った。ああいう優しい子に、どういうふうに親として接したら育ってくれるんだろうか…こういう子に育てる親って、凄い。

しかし、せっかくあったかくなった心は、一気にマイナスまで冷めた。歩行者用の通路に、後ろから無灯火の携帯使用自転車が突っ込んできて、父が立ち止まってくれなければ、わたしはケガをしていたからだ。音のない世界では、目が頼りだ。確かにわたしの障害は、そのクソジジイもとい中年男性のせいではないのだが、これでは危険きわまりない。
「こんなとこ無灯火のチャリで携帯使いながら走るな、馬鹿者が!!
 危険だろうが!! それが大人のやることか!!」
と、マナーを守らぬ中年男性*2に怒鳴り散らすわたしを、横にいた父がまた「…おまえ、頭おかしいんか?」と言ってきたが、わたしは父が教えてくれなければ、あの自転車にぶつかっていたのだ。そして、そんな大人を見て子供が育っていく。「耳だけじゃないでしょ? 目が悪かったり手足が悪かったり、しんどかったりする人は避けられないんだよ? お年寄りもそうじゃない!! おとうさんはあの人がやってることが正しいとでも思う? ああいうのがいるから、どんどん子供たちも真似するんだよ!!」
父は、わたしの反面教師だ。吸殻もゴミも道ばたに捨てるし、横断歩道もない場所を走り抜ける。そのたびに「それは社会人として正しいことなの?」と咎めるわたしに気づくと、父は居心地が悪そうな顔をする。
だったら、マナー守りなさいよ!!

*1:管理栄養士

*2:さっさと逃げた。とっちめてやれば良かった